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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

06 第六分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,320 字 · 398 页

青空文庫

と、あたりの者へ云い散らし、陣営の内を檻の中の猛虎のように歩きながらなお云い熄まなかった。

「逍遥軒も逍遥軒だ。かりそめにも勝頼の叔父、一族の長老ではないか。戦陣を退いて無断、逃げ退くとはどういう料簡か。その他の奴輩に至っては、ただ不忠忘恩、いうも口の穢れッ……」

彼は、天を恨み、人を恨んだ。そして自分を恨むことを忘れていた。

そうした程、平常から暗愚な彼でもなかったが、よほど肚のできている人間でも、彼の立場に置かれたら、動転せずにいられなかったろう。いわんや勝頼の程度では無理もなかった。

「ぜひもない儀。この上は、一まず陣払い仰せ出されて」

小山田信茂やその他のすすめで、勝頼はにわかに諏訪之上原から引っ返した。さあれ何たる寂寥さだろう。二万余人と数えられた兵数が、まだ一戦も交えぬのに、旗本以下、彼に附随して韮崎まで帰ったもの四千ばかりに過ぎなかった。

悶々とやり場のない心を訴えようとしたのか、彼は、恵林寺の快川和尚を呼び迎えた。

どこまで、悲運は急に来るのか、ここに帰城してからも、彼は、かさねがさねの凶報をうけていた。それは、一族の穴山梅雪入道も明らかに離反を宣して、事もあろうに、その拠城江尻を敵に委したばかりか、徳川家康の道案内をつとめて、甲州乱入の先手にあるというのであった。