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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

06 第六分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,320 字 · 398 页

青空文庫

と、なぐさめた。

惣蔵はつかつかと起って行って、上たちの中にいるわが妻の側へ寄った。突然、そこで「きゃッ」と魂切る児のさけびがしたので、勝頼が、遠くから、

「惣蔵、逆上せしか」

と、激しく叱った。

惣蔵の妻も、声をあげて泣いている。彼は、五ツになるわが子を妻の眼前で刺し殺したのであった。血刀も収めず、惣蔵は遠くから勝頼のすがたへひれ伏して、

「おなさけないお叱りです。ただ今申しあげた言葉の証に、まず、足手まといのわが子から先に、死出の道へ立たせてやったまでのこと。いずれ惣蔵も、わが君のお供して参りまする。先といい、後というも、わずか一刻……」

のこりなく

ちるべき春のくれなれど

さきだつはなを

あはれとも見つ

面を袖に蔽うて、あわれと泣きしずみながら、勝頼夫人が口誦さむと、侍女のうちのひとりが、同じように咽びながら、

咲くときは

数にも入らぬ花ながら

ちるには洩れぬ春のくれかな

と、詠んだ。そして声の終るのと共にはや幾人かは、懐剣を抜いて、われとわが手に、乳を刺し、喉を突いて、流るる血のなかに黒髪を浸された。

びゅうん――

矢唸りが近くをかすめた。

ぶすッ、ぶすッ、と辺りの土が刎ねて掘れる。