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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

05 第五分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 197,228 字 · 394 页

青空文庫

手入れの見えない草や木の間に、黒い棟と板葺の屋根と壁と――同じような家ばかりが幾つも見えた。

これでも岡崎としては五十石がらみの侍が住む組長屋だった。以て日頃の窮乏ぶりが分るのである。強右衛門は、その一つの、形ばかりな門のくぐりを押した。覚えのあるわが家の窓がすぐ眼につく。その窓から、嬰児の泣き声がしていた。表の戸は締まっている。強右衛門はそこを叩こうとはしない――凝然と、耳をすましていたが、やがて側の低い竹垣を跨いで、草のなかを足音をしのばせながら、横の方へまわって行った。

雨だれに苔さびている石がある。それに足をのせると、ちょうど窓へ頭だけ届いた。彼は竹の櫺子のあいだから、そっと半分ほど、窓の戸を開けた。

家の中が見えた。貧しい家の中が。

嬰児の声は、近々と、耳を打つ。その父が、ここに来ていることを無心な者へ、虫が知らせているように。

息をのんで、彼は、窓の外にしがみついていた。じっと、家の中を覗いていた。

わが家である。

――おい、女房。

と、一声かければ、すぐ飛んで来て、戸も開けよう、手を取って、迎え上げもしよう。けれどこの身はいま、自分のものでない。