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あんこくせい
暗黒星
江戸川 乱歩
「講談倶楽部」1939(昭和14)年1月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 94,000 字 · 188 页
だが、ガラスのそとにいるやつは、人情を解しないのだ。何か途方もないものに憑かれているのだ。だまっていたら、いきなりピストルを発射するかもしれない。
「そこにいるのは綾子じゃないのか!」
伊志田氏は熱病にうなされているような声で、気違いめいたことを叫んだ。
相手はだまっていた。ただ黒布の穴の両眼が異様に光っているばかりであった。
たっぷり一分間ほど、異様な睨み合いがつづいた。覆面の人物の気持は推察の限りではないが、伊志田氏の方は、その一分間に、四、五日分の思考力を一気に使い尽したような感じで、たちまちゲッソリと痩せ衰えるほどの疲労を覚えた。
伊志田氏は湯の中に浸ったまま、身動きもできないでいたが、いよいよ思い切って、浴槽から飛び出そうと考えた。だが、彼が、それを実行する前に、窓のそとの怪物が、突然妙な声で笑い出した。内証話のようなかすれ声で、嘲けるがごとく、憐れむがごとく、ともすれば泣いているのではないかと思われるような不思議な声で、笑いつづけた。
伊志田氏は、怪物がたとえわが娘にもせよ、この人でなしの笑い声の恐ろしさに、慄え上がった。彼は、いきなり大声に救いを求めながら、浴槽から飛び上がり、裸体のまま、廊下の方へ走り出さないではいられなかった。