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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

02 第二部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 112,073 字 · 223 页

青空文庫

と云った。

「毒を盛って謀殺しようとしているときでも、現に毒死するのを見るまでは信じない、と云われるのですか」

「そういう問いには返辞ができませんね」

「どうしてです」

「理由はない、返辞ができないから、できない、というだけです」

「置毒の計画が現にあってもですか」と新左衛門が云った、「こんど若君の侍医にあがった医者が」

「伊東どの」と甲斐が遮った。

だが新左衛門は「いや申します」と肩をあげて云った、「その医師は河野道円といい、長崎まで人をやって毒薬を手にいれた事実があります、これは単なる風聞ではなく、道円のむすめ婿になる三沢頼母から出たはなしですよ」

「毒薬も薬の内でしょう、ある種の病気には毒薬を調合するということを聞いていますがね」

「それならなぜ秘密に買い求めたりするのですか、正当な調剤のために必要なら、その係りにいって御用商から買上げるのが順序ではありませんか」

「――しかし、いったい」と甲斐が訊いた、「誰を毒害するというのですか」

「それがわからないとでもいうんですか」

甲斐は黙って相手の眼をみつめた。

「もちろん若君ですよ」

「なんのために」

「東市正(兵部少輔の子)どのを六十万石の座にすえるためです」