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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

02 第二部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 112,073 字 · 223 页

青空文庫

丹三郎は手紙を受取ってから、「お願いがある」と云った。

甲斐は「なんだ」と云った。

「江戸へ戻りましたら、私を鬼役(藩主の食膳の毒見をする役)にあげていただきとうございます」

甲斐は屹となった。――あの話しを聞いたな、と思い、さっきの異様な表情はそのためだったのか、そう気づいて、丹三郎の顔をにらんだ。

「そんなことは聞きたくない」と甲斐は云った。

丹三郎は思いつめたようすで「お願いでございます」と平伏し、どうか鬼役にあがれるよう計らっていただきたい、と云った。

「ならん、もうさがれ」と甲斐は顔をそむけた。

丹三郎は唇をかみ、眼に涙をためながら出ていった。

なにごとですか、と隼人が不審そうに甲斐を見た。甲斐はそれには答えず、明日は新左衛門には会わない、帰ると云ったら送ってゆくように、自分はあと三日したら帰館する、と云った。隼人は承知してさがった。

その夜、甲斐は午前二時ごろまで、独りでじっとものおもいに耽っていた。

明くる朝、伊東新左衛門は青根を去った。片倉隼人はそれを送って去り、塩沢丹三郎は江戸へ戻るために山をくだった。

おそい朝餉を済ましてから、甲斐は宇乃を伴れて歩きに出た。