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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

02 第二部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 112,073 字 · 223 页

青空文庫

家は参詣客のための茶屋で、飲み食いもできるように、座敷も幾つかある。だから自分たちの寝起きする場所も充分あるし、半年や一年遊んでいても、叔母は決していやな顔をするような人ではない。そのことで、ゆっくり相談がしたいから、今夜にでも浅草のいつもの家へ来てもらいたい。都合が悪ければ、明日でも明後日でもいい、自分は日が昏れてからいって待っている。あなたは声がいいから、なにか浄瑠璃でも習えば、りっぱな太夫になれると思う。侍なんてもうはやらない世の中である。いっそ丸腰になって、二人で一生を面白おかしく暮そうではないか。そういう意味のことが、まちがいだらけの仮名文字で、書いてあった。

「侍はもうはやらないか」

新八はごろっと仰向きになり、手紙を持ったまま、両手を頭の下で組んだ。

お久米とはもう七八回も逢っていた。浅草の茶屋町の横丁に、加賀節という小唄を教える女師匠の家がある。女の師匠は当時は稀であったが、隆達をはじめ、弄斎節、土手節など、市中に小唄がひどく流行し、そのために女師匠なども、ひとさかりだったが、おこなわれたようである。その師匠は名をおすげといって、年は三十二三、家で加賀節を教えるばかりではなく、おもに客の座敷へ呼ばれて稼ぐのであるが、どういう関係なのか、お久米とはまえから親しいようすで、新八と逢うときには、