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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
02 第二部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 112,073 字 · 223 页
てぞくぞくしたくらいよ」
「それは結構だ」と新八は腕にかけていた羽折を、まるで持ち草臥れたかのように、右の肩へとかけ替えながら云った、「そのついでに、お久米のことも承知してもらうよ」
「その名を云わないで」とおみやが遮った、「あの人の名を云わないで、そういうことになったんだし、いまのあたしにはどうしようもないから諦めるわ、その代りあたしの前であの人のことを云わないでちょうだい」
「云わなければいいのか」
「お願いだからあの人のことだけは云わないでちょうだい」
「口に出しさえしなければいいんだな」と新八は皮肉に云った、「わかったよ」
おみやは振向いて「まあ」と云い、つくづくと新八の顔を見まもった、「あんたってほんとに悪くなったのね」
「おまえのおかげさ」
「そんなに」と云いかけておみやは黙った。そんなにいじめなくっても、と云おうとしたとき、うしろから来て追いぬいた浪人者が、おみやの前に立塞がったのである。粗末な着物に古袴をはき、右手をふところに入れたまま、彼は左手で、かぶっていた編笠を静かにぬいだ。
新八は「あ」と声をあげた。
「なにか御用ですか」とおみやが云った。