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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
02 第二部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 112,073 字 · 223 页
「大きくなった、いい侍になるぞ、うん、こいつをなにかにして来てくれ、亭主がおでかけになったら、この花と飲むんだから、おい久馬、乱暴にして花を散らすなよ」
甲斐は机の上に料紙をひろげ、筆を取ってなにか書きはじめた。
七十郎はその横顔をみつめた。するどく、刺すような視線で、じっと甲斐の横顔をみつめ、なにか云おうとしたがまた思い返したというふうに、鼻声でうたいだした。
「――の茶屋へ
ひと口なすびを置いて来た
ひと口なすびに
紅の付いたを置いて来た
可内ちえだすふんべつは
ねいねい ねっから
おんじゃり申さない よさ
とかく浮世は……」
そこまでうたってきて、彼は「うるさいですか」と甲斐に呼びかけた。甲斐はあいまいに「う」といっただけで、あとは黙って書きつづけた。
久馬が桜を※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)した壺をはこんで来た。七十郎はそれを自分の左の脇に置かせ、酒の来るまで、花を眺めたり、甲斐の横顔を見たり、いつもの彼に似ず、ひどくおちつかないようすだった。――酒をはこんで来たのは、辻村又之助と堀内大助の二少年であった。