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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
02 第二部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 112,073 字 · 223 页
おれはめくらでばかだった、と新八は思った。藤沢たちの話しを聞いたとき、すぐ気がつかなければならない筈だった。
「そうだ、おれはばかだ」彼は立停った。
「逃げだそう、このまま逃げてしまおう」
彼はそう呟きながら、ぼんやりと向うを眺めた。
そこは両国橋の上であった。少し川下によったところで、架橋工事をしていた。それは、両国橋を新らしく架け変えているのであるが、水に浸り泥まみれになって、杭打をしている人足たちの姿を、新八はぼんやりと眺めていた。ある者は腰まで、ある者は胸まで水に浸り、頭から泥まみれになって、杭を打っている人足たち。正月二十日の水の冷たさが、見ている新八にも伝わって来るように思えた。
彼は顔を歪め身ぶるいをした。あれがやれるか。自分にあの仕事ができるだろうか、と新八は考えた。そのとき、彼の背にそっと手が当り、「新さん」と囁く声がした。
新八はゆっくり振返った。おみやが立っていて、にっと彼に頬笑みかけた。新八はまた顔を歪めた。
「ひどい人、どうしたの」
おみやは睨みながら風呂敷に包んで抱えていた刀を、彼の手に渡した。新八は虚脱したような身ぶりで、それを左に抱えながら歩きだした。