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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

02 第二部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 112,073 字 · 223 页

青空文庫

小屋の中は、なにかの獣肉を焙る、香ばしい煙があふれてい、炉端に与五兵衛がかしこまっていた。

はいって来た周防を見ると、与五兵衛は黙って会釈をし、円座を直した炉端へ、手を振ってみせた。周防は上へあがった。

隼人は「館を留守にできない」旨を述べ、与五兵衛に接待を命じて、帰っていった。周防は炉端へ坐りながら、「久しぶりだな、与五」と云った。

与五兵衛はなにか噛みでもするように、口をもぐもぐさせてから「七年になるかな」とゆっくり答えた。

彼は逞しい躯をしていた。綿入れ布子に、熊の皮の胴衣を重ねているが、肩から胸へかけての肉の厚みや、平たく潰れてはいるが、しかも、太く節くれだっている大きな手指は、見る者に圧迫感を与えるほど、重量と力感をもっていた。髪は灰色だし、顔の半分を掩っている髭も殆んど灰色である。殆んどというのは、鼻下の一部と、顎の一部に黒いところが残っていて、それが、彼の無表情などこか野獣めいた相貌を、いくらかなごやかにみせるようであった。日にやけた栗色の顔は、固く肥えていて、膏ひかりがし、少しくぼんだ細い眼にも、まだ壮年のような力と光があった。

与五兵衛はひどく無口で、必要なこと以外には、なにを訊かれても返辞をしないし、また、甲斐のほかには、誰に対しても礼をしなかった。