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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

02 第二部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 112,073 字 · 223 页

青空文庫

周防が炉端に坐っていると、裏で水の音がした。そしてまもなく素足に草履をはいた甲斐が、衿首を手拭で拭きながらはいって来た。冷たい水で洗ったために、彼の日にやけた顔は活き活きと赤く、頬も固く緊張して、いつも見馴れた竪皺が消えていた。

「古内主膳が死んだそうだ」と周防が云った。

甲斐は横座に坐り、炉へ焚木をくべようとしていたが、その手を止めて、周防のほうを見た。

「館からさっき喜兵衛が知らせに来た」

甲斐は唇をむすんだ。

「昨日のことだそうだ」

甲斐は焚木をくべ、煙をよけるために顔をそむけた。そしてぽつんと云った。

「彼は五十三だったな」

「帰国してから会ったか」

「五月に会った、国目付を出迎えたとき、河原町でいっしょだった、目礼を交わしただけで、話しはしなかったが」

「感仙殿(故忠宗)さまの法要で高野山へいったとき、躯をこわしたのが長びいていると聞いた、もともと病弱ではあったようだ」

甲斐は箱膳をひきよせ、蓋を盆にして、茶碗を二つ出すと、自在鍵に掛っている茶釜から、琥珀色の茶のようなものを汲んで、一つを周防にすすめた。

「桑茶だ、口に合わないかもしれない」

「桑茶だって」