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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
02 第二部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 112,073 字 · 223 页
「私は世間の評に責任をもつわけにはいかない」
「中黒達弥は船岡にいるか」
「出奔した」と甲斐が云った。
周防の顔がひき緊り、甲斐を見る眼がするどく光った、周防は「いつのことだ」と訊いた。七月、正式に律と離別した直後だ、と甲斐が答えた。
「では麹屋の友次郎は」と周防が訊いた。
「仙台にいるということだ」と甲斐が答えた。
もういちど云うが、この話しはやめにしよう。それよりも重要なことがある筈だ、と甲斐は云った。しかし不義があったかなかったかだけは聞いておきたい、と周防はねばった。家風に合わぬという理由のほかに、なにも云うことはない、この話しはもう断わる、と甲斐ははねつけた。
周防はまだ不満そうに、甲斐の横顔をにらんでいた。甲斐は立って納戸へゆき、また土間へおりて、水を入れた半と、砥石と台とを揃え、やがて剃刀を研ぎはじめた。
「松山と会って話すのも、たぶんこれが最後になるだろう」と甲斐は云った、「律の離別で、一ノ関の思案も変ったようだ、はっきり変ったとは云えないが、国老になれとすすめて来る手紙の内容が、まえとはかなり違っている」
「断わっているようだな」
「国老はまだ早い」