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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

02 第二部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 112,073 字 · 223 页

青空文庫

また虚空蔵へ登ってっちまったですよ、と平助が答えた。

「よし、飯を喰べてゆけ」

甲斐はそう云いながら、周防を送るために土間へおりた。

「おらたちは帰るです」

「飯を喰べてから帰れ」と甲斐は云った。

周防と甲斐は小屋を出た。山の尾根へ登ると、空は鼠色の厚い層雲に掩われ、西のほうに一とところ、低く、朱と金色に縁取られた雲の切れ目があって、それが、丘陵のうち重なる広い山なみを、その稜線だけ錆びたはがね色に、染めていた。

周防が立停り、甲斐もその脇に立停った。二人は蔵王を眺めやった。蔵王は西側が金色に輝き、その半面が黒ずんだ紫色に昏れていた。紫色の部分はすでに眠りかけているようにみえ、金色に輝いている半面は、一日のなごりを惜んでいるように思われた。

「律のことを聞かせてもらえないか」と周防が云った。

それは、蔵王の峰からでも呼びかけるように遠く、静かに低い声であった。

「済んだことだ」と甲斐も同じように答えた。

周防は山を見たまま云った、「ではもう、しばらく会えないな」

甲斐は額に皺をよせただけであった。

周防は口の中で「どうか一日も早く」と祈るように云った。

「此処から二人で、また蔵王を見ることができるように」