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しんやのしちょう

深夜の市長

海野 十三

「新青年」博文館、1936(昭和11)年2月~6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 109,982 字 · 220 页

青空文庫

それは恐らく市長になりたてのときの写真なのであろう。罷めるときは、こうは温和な顔付にはゆかなかった筈だ。

応接室は沢山あった。いずれも奇数の番号がついていた。しかしどの部屋にも人が入っていなかった。勿体ないことである。そのうちに一室、扉を押しても明かない応接室があった。第七応接室という札が懸かっていた。僕は鍵穴に耳をあてて、中の様子を覗ってみた。しかし中には人の気配が感じられなかった。

すると、ここで僕のよろしくない病がムラムラと起ったのである。僕はポケットに手を入れると、小さい金物をとりだした。実はこれは僕の秘蔵の手製合鍵である。こいつを鍵穴に入れてガチャガチャと三、四度やると、手応えがあって、扉は苦もなくも明いた。こうなると司法官試補の「浅間信十郎」はどこかへ行って、もう一つの人格、探偵作家、「黄谷青二」の地金がムクムクと出て来る。入ってみると、これも前のと同じ位の広さだが装飾は殆んどない。そして丸い卓子が一台ある外は、二、三百円もするような大きな肘掛椅子が十脚ほどもあり、奥の壁際にあるものは、実に乱雑に、思い思いの方向に向いている。スチームはムンムンするほど部屋を温めて居り、肘掛椅子は実に柔軟くフカフカしている。