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しんやのしちょう
深夜の市長
海野 十三
「新青年」博文館、1936(昭和11)年2月~6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 109,982 字 · 220 页
手帳! と聞いて「失敗ったッ!」と思ったが、もう遅かった。ああ何たる失敗! 昨夜僕はマスミのハンドバッグに手紙を入れるのに気を取られ、頁を破った手帳を蒲団の上かどこかに置き忘れて来たのだった。飛んでもない失敗だ。そのために「深夜の市長」を始め、市長、検事局、それから警視総監にまで迷惑をかけるとは、ああ、なんたる失策だッ! 死んでも死に切れない。
「吾輩はかねてこの危険を慮り、T市の鍵の模造品を用意して身辺に保管して置いたのだ。昨夜の暴漢は、それを偽せ鍵とも知らずして盗んでいったのだ。その偽せ鍵がどうして今中谷助役の手に入ったか、その間の事情を考え合わすと、市当局が如何に堕落し切っていて、悪人輩と結託しているかが分る。T市長よ、隠れていないで、吾等の前にこれを釈明しろ。いや出て来られまい。釈明の仕様がないのだからナ」
動坂三郎の咆哮の下にあって、僕はもう生きた気持もなかった。――そのときだった。
「諸君! 高屋市長の所在が分りました」
そういって突然の声に、声のする市長室の入口の方を振りかえってみると、そこには意外にも厳然たる制服に身を固めた黒河内総監が立っていた。