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しんやのしちょう

深夜の市長

海野 十三

「新青年」博文館、1936(昭和11)年2月~6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 109,982 字 · 220 页

青空文庫

なぜなら、T駅の入口には、人間一人居なかったからである。といって、これはなにも写真や絵はがきのような固定した風景でもなかった。それはなぜかというのに、T駅の高塔の上の時計は今午前二時三十五分を指し、確かに正しい現在の時刻を現わしていたし、その上に、いま駅の前に一陣の突風が颯々と吹いているのであると見え、そこに植わっている鈴懸けの樹の小枝が風のまにまにユラユラと動いているのさえ認められた。そうして見ると、これは決して写真などではなく、たった今のT駅前の風景である。しかし不審なのは、いまは午前二時半を過ぎて、外面は真の闇に包まれている筈なのに、この複雑な覗き眼鏡のような器械でみると、まるで真昼のように明るく見えるのであった。

「ああ、浅間君、――」と速水氏が僕に声をかけた。

失策った――と思ってふりかえると、氏は書き終えたらしい手紙を四角な封筒に入れ、その端の糊を嘗め嘗め封をしているところだった。

「……覗くのは一向構わないが、そこらにある目盛盤や把手などに手を触れないように注意してくれたまえ」

「はア、分りました。どうも済みません」と、僕は謝って置いて、「ここにうつっているのは、何でしょうか。