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しんやのしちょう

深夜の市長

海野 十三

「新青年」博文館、1936(昭和11)年2月~6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 109,982 字 · 220 页

青空文庫

驚いたことに、そのボロ車の走ることったら無かった。車は一大音響をあげて上下左右へ跳ねあがり、僕は座席に座っているのか、それとも空間に宙ぶらりんになっているのか、いずれとも判じかねた。遂に僕は胆を潰して叫んだ。

「もっと遅くともいいぞ。……霞ヶ関まで、一両でやってくれ」

「一両は要らねえ。四貫で沢山だ。しかしよく覚えて置いて下せえよ。円タクは古いほど、よく走るもんだてえことを……」

車のお蔭で、僕は奇跡的に役所の門に着くことができた。運転手に一両渡したが、かのオジサンは六十銭を僕に返して、浩然と反りかえった。

「あっし等の仲間には、慾張りや不正直な奴なんか一人もないのでさあ。だが年甲斐もなく素っ飛ばしたことについちゃ今夜、お目玉を頂戴するかもしれねえが……」

僕はその言葉をちょっと聞き咎めた。

「お目玉を貰うって、誰からかね」

「ははア、お前さんがたの知ったことじゃないよ」

「ふン、……」僕は云おうか云うまいかと逡巡しながらも遂に云った。「こっちから教えてやろうか。それは『深夜の市長』のことだろう」

「ええッ。……」

五十ぢかいその運転手は、見るも気の毒なくらい愕き慌てて把手を力一杯に廻すと、車体をグルッと廻して大通りの方へ逃げだした。