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しんやのしちょう
深夜の市長
海野 十三
「新青年」博文館、1936(昭和11)年2月~6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 109,982 字 · 220 页
ただ前と同じような敬虔な眼眸で老人を見送るばかりだった。
「深夜の市長」は、そこに佇立して走りゆくトラックを眺めている僕を促して、ドンドン明るい街の方へ引張っていった。
「いよいよやって来たぞ」と老人は僕のオーヴァを抑えた。
「ええッ。……」
「さあ、向うの角に見えるのが、明治昼夜銀行の亀沢支店だ。そこへ行って、支店長を呼んで貰ってなるべく小さな声で――ちょっと用事が出来ましたから、恐縮ですがお願いいたします……と丁寧に云うんだよ。それから一つ、これを頸にかけていってくれ。……」
といって「深夜の市長」は、僕の頸に、なにか頸飾りのようなものを懸けてくれた。驚いて手で触ってみると、それは細い黒い紐で、ただ胸に当るところになにか鍵のようなものが下っていた。よくよく見ると、それは美しい翡翠で、風変りにも太短い鍵の形を彫ってあった。どうやらそれは何かの信号を先方へ伝えるものらしく思われた。
僕は半信半疑で、昼夜銀行の扉を押した。
銀行の中はまだ宵のうちのせいか、だいぶん混み合っていた。どこに支店長がいるのかと、僕は帳簿が沢山並んだ間に点在する銀行員を見廻した。すると室の中央に突立っていた年配の人物が、こっちを向くや否や、手招きをしながら、ツカツカと高い応接台のところへ出て来た。