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げんだいゆいぶつろんこうわ

現代唯物論講話

戸坂 潤

「現代唯物論講話」白揚社、1936(昭和11)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 251,295 字 · 490 页

青空文庫

質料(物質)は無どころではない、それこそ本当の充ち溢れた存在だ、ということになる(アリストテレスは質料をば可能性という、形相よりももっと低度の、併し矢張り一つの存在と考えた。質料は可能的なものではなくて却って現実的なものでなければならないだろうに)。

この古典的考察は、なぜ存在が他のものではなくて正に物質(質料)でなければならないかを、典型的に示すだろうと思う。物質ということは、存在物・存在者・の性格であって他の何物でもない、がそれは存在物・存在者・そのものではなくても、とに角そのようなものが存在する・ある・ということである。物質というものがあると云うより先に、あるということが取りも直さず物質ということだと云うべきなのである。

それは質料に就いて云えることではあっても、物質に就いて云えることではないと人々が云うなら、彼等は物質を単に例の物理学的範疇と考えているのである。哲学的範疇としての物質は、質料という概念に於て、その最も典型的な古典的抽象形態を有っている、それが哲学の歴史の教える処に他ならぬ。

併し質料(物質)を無と考えねばならなかった古典の必然性には、重大な意味がある。