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げんだいゆいぶつろんこうわ

現代唯物論講話

戸坂 潤

「現代唯物論講話」白揚社、1936(昭和11)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 251,295 字 · 490 页

青空文庫

そして次に必要なのは無産政党に於ける戦線統一、或いは少なくとも共同戦線なのである。こうした条件を俟って初めて、文化運動に於ける民衆のフロントも(ということは即ち民衆のフロントに於ける文化運動ということにもなるが)、確立する根拠を持てるのだ。――処がこの点になると日本の人民の前線問題はまだ単に、方向を指示し得るという程度の段階にしか乗り出していない。経済活動乃至組合運動に於ても政治運動乃至政党活動に於ても、まだ多分の対立を残している有様だ。そうすれば文化的な民衆の前線――フロン・ポプュレールなるものが国際的に反ファッショの大衆組織であるように之はファシズムからの「文化の擁護」の組織になるわけだ――も亦、決して正常の発育は出来ぬ。之はまだ疑問符だ。

併し、文化運動に於ける民衆フロントというリベットは、インテリゲンチャ乃至知識人・文化人・の社会的課題を観念上積極的にハッキリさせるには充分だろう。今まででもインテリゲンチャは決して単に消極的に彷徨していたわけではない。なる程かつて政治主義的偏向のおかげもあって自分の専門的技能の役割についての社会的意義を自覚し足りない者も多かったから、一旦政治的組織が解体されたとなると、陸にあがった人魚のようになって了った者も少なくなかったのだが、併しそれはほんのわずかの間であっ