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げんだいゆいぶつろんこうわ
現代唯物論講話
戸坂 潤
「現代唯物論講話」白揚社、1936(昭和11)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 251,295 字 · 490 页
て、彷徨していると傍で思っている内に、自分でも知らず知らずに立ち直る心構えを据えようとし始めたものが決して珍しくはなかったのだ。インテリゲンチャはその知能的技能を自覚することによって、之まででも或る程度まで社会的役割に於て立ち直ることが出来る筈だったのだ。前に云った各種の文化的自由主義の動きは、そのごく自然発生的な現われだったのである。だがそこにはインテリにとってまだ何等真実の足場がなかった。であるから或る者はインテリは専らインテリの足場に立つ他はないというようなインテリ至上主義へも走らざるを得なかったわけだ。――処でフロン・ポプュレールの見透しはこのインテリゲンチャに初めて再び足場を与えた。本当の大衆という足場をである。仮にこの足場が観念上のものであるとしてもだ。
事実彼が仮に作家だとすれば、彼は、大衆という足場に立つことなしに一体どういう文学的進歩をなし得るだろうか。彼はブルジョアジーの足場からも小市民インテリ層自身の足場からもスケールを大きく世界を見渡すことは出来まい。――尤もそう云っても、今日でもまだこの大衆という観念には多分の困難が潜んでいる。