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ささめゆき
細雪
谷崎 潤一郎
03 下巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 226,715 字 · 431 页
それも昼間だけならよいが、夕飯の席に加わらないことが余りつづくと、さすがに貞之助も顔色の冴えない折があるので、幸子は人知れず気を遣わねばならなかった。そう云う晩には、夫も、彼女も、雪子も、なるべく「こいさん」と云うことを口にしないようにしたが、お互にそう努めていることが分るだけに気まずかった。それに又、悦子に与える影響と云うことも案じられた。悦子は母や雪子から、こいさんの帰りの遅いのは近頃製作が忙しいからだと云われていたけれども、それを決して信じていないことは明かで、彼女も晩の食卓では誰に教えられるともなく妙子の噂をしないようになっていた。幸子は妙子に、せめて夫や悦子の眼に触れないような心づかいをしてくれるように、たびたび注意して見たけれども、ふん、ふん、と云って聞き流すだけで、そのあと二三日は早く帰るが、直ぐ又もとの通りになった。
「お前、この間姉ちゃんに、こいさんのこと話しといてくれたか」
と、或る晩、夫はとうとう怺えかねたように云った。
「話そう思いましたけど、つい折がのうて、………」
「何で」
と、夫の声には例になく詰るような調子があった。
「実は雪子ちゃんに相談したら、姉ちゃんには話さんと置いた方がええやろ云いますよってに、………」