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ささめゆき

細雪

谷崎 潤一郎

03 下巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 226,715 字 · 431 页

青空文庫

、第4水準2-88-74)か」を琴で弾いてしまうので、二三日そこばかりを練習させられているうちに、悦子がすっかり覚えてしまって口真似をした。

「お春どん、敵討ちやわ」

と、悦子は云ったが、彼女はいつもピアノの稽古で容易に弾きこなせないメロディーを、お春が先に失敬して口で謡うのが癪に触っていたのであった。

妙子はその月の末に又一度やって来た。或る日の朝、と云っても午に近い時分、幸子がひとり応接間でラジオを聴いているところへ這入って来て、

「雪姉ちゃんは?」

と、自分も火の傍らへ椅子を引き寄せて掛けた。

「今櫛田さん所へ出かけたわ」

「注射かいな」

「ふん、………」

幸子は、季節料理の放送を聴いていたのがいつの間にか謡曲に変ったので、

「こいさん、ラジオ止めてえな」

と云ったが、

「ちょっと、これ見て御覧。―――」

と、妙子は姉の足もとにいる鈴の方を頤で示した。

鈴もさっきから煖炉の前にやって来て蹲踞まりながら、好い心持そうに眼をつぶってうとうとしていたのであるが、妙子に云われて気が付いて見ると、謡曲の鼓の音がぽんと鳴るたびに、鈴の耳がピンと動く。耳だけがその音響に反射的に動くので、猫自身は何も意識していないかのように見える。