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ささめゆき
細雪
谷崎 潤一郎
03 下巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 226,715 字 · 431 页
と、貞之助はいくらかぽうっと来たらしく、色つやのよい顔を光らせながら、
「どうも昨今は、酒も料理もだんだん窮屈になって来ましたが、此処の家はいつもこんなに御馳走が出るんでしょうか」
「いいや、そうじゃあないでしょう」
と、橋寺が云った。
「今日のは丹生さんの奥さんのお顔で、特別の料理なんでしょう」
「そう云う訳でもないんですけれど、此処は宅の主人が贔屓にしているもんですから、割合に我が儘が利くんですの。それに今日は、『吉兆』と云う名がおめでたいと思って、此処の家にしたんですの」
「今奥さんはキッチョウと仰っしゃいましたが、ほんとうは『吉兆』と書いてキッキョウと読むんじゃないんでしょうか」
と、貞之助が云った。
「―――これは多分、関東の方は御存知ない言葉だと思うんですが、大阪にキッキョウと云うものがあるのを、井谷さんは御存知ですか」
「さあ、わたくし存じませんけれど、………」
「キッキョウ?―――」
と、橋寺も首をかしげて、
「わたくしも存じませんな」
「あたし知ってるわ。―――」
と、丹生夫人が云った。
「―――キッキョウって、ほら、あれじゃないの。十日戎の日に西宮や今宮で売ってる、笹の枝に小判だの大福帳だの千両箱だのを結い着けた、あれのことじゃないの」