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ささめゆき

細雪

谷崎 潤一郎

03 下巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 226,715 字 · 431 页

青空文庫

が、多分その辺の喫茶店あたりへ案内されることと思っていると、狭い露地の中へ這入って行って、とある仕舞屋のような造りの小料理屋の二階へ上った。貞之助も大阪の街の地理には相当明るいつもりだけれども、こんな所にこんな露地や料理屋があることを知ったのは初めてで、一と間しかない二階座敷の四方には、建て詰まった人家の屋根と、ところどころに聳え立つビルディングばかりが見え、いかにも船場のどまんなかと云う感じがする。恐らく此処は道修町の商人たち、主として薬屋の主人や番頭が、客を連れて来て手軽な昼食を取ったり商談をしたりするための家なのであろう。こんな所で失礼ですが今日はちょっと帰りに用事がございますのでと、橋寺は言訳するのであったが、貞之助は夕飯のもてなしに与ろうとは思いも寄らなかったので、そう云われると却って恐縮した。

格別うまいと云うのでもないが、気の利いた料理が五品ばかりに酒が二三本も出たであろうか。始めた時刻が早かったし、橋寺が多忙らしいのを察して貞之助もあっさり切り上げるようにしたので、食事が済んでしまっても障子の外にはまだ早春の空が暮れ残っていたくらいで、対坐した時間は二時間足らずだったであろう。