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ささめゆき
細雪
谷崎 潤一郎
03 下巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 226,715 字 · 431 页
「そんでな、病室さえ貸してくれたら、櫛田さんに往診して貰うねん」
蒲原病院と云うのは、阪神の御影町にある外科の病院なのであったが、そこの院長の蒲原博士は、阪大の学生時代から船場の店や上本町の宅に出入りして、蒔岡家の姉妹たちとは娘の頃からの馴染なのであった。それと云うのが、亡くなった父が、当時秀才と云う評判のあった蒲原が学費に窮していることを聞き、人を介して援助の手をさし伸べたのが始まりで、父は蒲原が独逸へ留学する時にも、帰朝して今の病院を開業する時にも、費用の一部を負担したことがあった。蒲原は一種名人肌の外科医で、手術にかけては大なる自信があっただけに、病院は忽ち繁昌するようになり、数年ならずして蒔岡家から補助して貰った金の全額を、耳を揃えて一時に返却して来たが、その後も蒔岡家の家族や船場の店の店員たちが治療を受けに行くと、治療代を法外に割引して、何と云ってもそれ以上は受け取らなかった。それは苦学生時代の恩義に報いるためであったことは云う迄もないが、もともと上総の木更津の生れである彼は、関東者らしい熱血漢で、親分肌の、情誼に厚いところのある、一風変った性格の持主なのであった。