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ささめゆき

細雪

谷崎 潤一郎

03 下巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 226,715 字 · 431 页

青空文庫

そして、まだまだ聞けばいくらでもあとがありそうなのを、

「もう好え、彼方へ行ってて」

と、やっと一段落ついたところでお春を部屋の外へ追いやり、そのままテーブルに突っ俯して心の衝撃の静まるのを待った。

………さてはやっぱりそうだったのか、………やっぱり恐れていたことが本当だったのか。………誰にも身贔屓と云うものはあるから、婆やの眼には啓坊と云うものが純真の青年のように映るのであろうけれども、実際は決してそんなにこいさんに対して生一本な愛を捧げていたのではあるまい。彼を軽薄な極道息子であると見る夫やこいさんの観察の方が、多分当っているのでもあろう。が、だからと云って、こいさんを一種のヴァンパイアのように云う婆やの言葉迄を、虚言であるとすることは出来ない。ちょうど婆やが啓坊を買い被っているように、私たちもこいさんと云うものをいろいろの点で買い被っていたのである。………幸子は、従来とても妙子の指に新しい宝石が光っているのを見る度毎に、忌まわしい疑念を抱かないでもなかったのであるが、………しかし妙子は、さも自分の働きで買った品物のように云って自慢したものなので、その得意そうな様子を見ては、そう云う疑念も立ちどころに消え失せるのが常であった。