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ささめゆき

細雪

谷崎 潤一郎

03 下巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 226,715 字 · 431 页

青空文庫

幸子も雪子も、三好とか云うバアテンダアの男のことが気になっていたには違いなかったが、その名を口にすることさえも不愉快だったので、殊更そんな存在を無視するようにして話した。

「嫌うてるのやら、そうでもないのやら、あたしにも分らへん。こないだあんなに彼処の家にいてるのん厭がってた癖に、一昨日は啓坊に『帰れ』とも云わんと、いつまででも相手になったりして、………」

「あたし等には嫌うてると見せかけて、ほんまはそうでもないのんか知らん」

「そうならええけど、………帰って貰いとうても『帰れ』と云えん義理があるのんと違うやろか」

雪子はその日ちょっと病院へ戻って行き、「レベッカ」を持って直ぐ帰って来て、それから二三日はその本を読んだり、神戸へ映画を見に行ったりして、専ら骨休めをした。そして、次の土曜日には貞之助の発議に従って、夫婦、悦子、雪子の四人で一と晩泊りで京都へ行き、兎も角も吉例の花見をしたことであったが、今年は時局への遠慮で花見酒に浮かれる客の少いのが、花を見るには却って好都合で、平安神宮の紅枝垂の美しさがこんなにしみじみと眺められたことはなく、人々が皆物静かに、衣裳なども努めて着飾らぬようにして、足音を忍ばせながら花下を徘徊する光景は、それこそほんとうに風雅な観桜の気分であった。