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ささめゆき
細雪
谷崎 潤一郎
03 下巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 226,715 字 · 431 页
幸子は着いた翌日の午後、昼の食事のあとで、暫くベッドへ仰向けに臥てじっと天井を視詰めていたが、そうしていても、一方の窓からは富士の頂が、他の一方の窓からは湖水を囲繞する山々の起伏が、彼女の視野に這入って来た。彼女は何と云うこともなく、まだ行ったこともない瑞西あたりの湖畔の景色を空想したり、バイロン卿の「シロンの囚人」の詩を思い浮べたりした。そして、何処か日本の国でない遠い所へ来たような気がしたが、それは眼に訴える山の形や水の色が変っているからと云うよりは、むしろ触覚に訴える空気の肌ざわりのせいであった。彼女は清冽な湖水の底にでもいるように感じ、炭酸水を喫するような心持であたりの空気を胸一杯吸った。空には雲のきれぎれが絶えず流れているらしく、折々日が翳ってはぱっと照ることがあったが、そう云う時の室内の白壁の明るさは、何か頭の中までが冴え冴えと透き徹るように思えた。それに、この間までは相当避暑客で賑わっていたのが、二十日過ぎから急に閑散になったとやらで、今は泊り客が多くはいず、広いホテルがひっそりとしていて、耳を澄ましても何の物音もしないのである。その静かさの中にあって、その光線の、明るくなったり翳ったりが何回となく繰り返されるのを見ていると、彼女は「時間」