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ささめゆき

細雪

谷崎 潤一郎

03 下巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 226,715 字 · 431 页

青空文庫

神戸の船越病院と云うのは、そこの院長が徳望のある熟練家だと云う定評があったので、幸子は去年妙子に推挙したのであったが、彼女自身は別に院長と面識のある間柄ではなかった。彼女は何かの場合にと思って、自家の秘蔵薬の中から、今ではいずれも貴重品になっているコラミンと、プロントジールと、ベタキシン等の注射液を持って出かけたが、病室にはもう彼女より先に三好が来ていた。去年の秋以来半年ぶりで相見た妙子は、中姉ちゃん、よう来てくれたわな、………と云いながら涙を浮かべ、うち、今度はあかんやろ思うわ、と、そう云っては又泣くのであったが、そんな間にも手足をいて苦しがるやら、何かえたいの分らぬものを嘔吐するやらした。それは物凄く汚いどろどろのかたまりのようなもので、三好が看護婦から聞いたのでは、胎児の毒素が口の方へ出るのだと云うことであったが、幸子が見ると、赤ん坊が分娩後に始めて排泄するあの蟹屎と云うものに似ていた。幸子は時を移さず院長室へ駈け込んで貞之助の名刺を示し、持って来た注射液を全部差出して、先生、あたしはやっとこれだけの薬を都合して来たのですが、どうしても独逸の陣痛促進剤が手に入りません、………どんなに値段が高うても構いませんから神戸じゅうを捜して下さい、………何処かに誰か持っている人は、………と、わざと甲高い声を出し