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じゆうじん

自由人

豊島 与志雄

「芸術」1948(昭和23)年7月、9月、11月、1949(昭和24)年1月(未完)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,030 字 · 139 页

青空文庫

北村さんは怪訝な眼付きでわたしを見た。

背の高い中国人の給仕が、うす汚れの割烹着をつけて、流暢な日本語をしゃべった。

「お食事なら、うえがあいております。」

「ここでいいわ。」とわたしは北村さんに言った。「ほんのつまみ物でいいの。わたくし、ビールにしようかしら……。」

それだけでも、わたしとしては一生懸命のことだった。でも効果はあった。北村さんは腑におちない顔付きだったが、わたしのビールを大喜びで、自分はウイスキーにした。

背の高い給仕は、やがて、物を運んでくると、思い出したように北村さんに聞いた。

「菅原さん、どうしましたか。まだ帰りませんか。」

北村さんは何か考えている。

「あの人、のんきですね。無籍者ののんきだから、あてがない。」

北村さんは酒のコップで卓上を叩いた。

「もう一杯。」

わたしは眼を見据えて囁いた。

「無籍者って、何ですの。」

「……渾名だろう。」

北村さんはじっとわたしの方を見た。それからもう、菅原さんのことも、この紹興の店のことも、天元社のことも、ちょいちょい話しかけていたのを、すっかり口にしなくなった。わたしは失敗したのだ。あまり真剣になりすぎたため、肝腎なところで北村さんに気付かれてしまったらしい。