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じゆうじん
自由人
豊島 与志雄
「芸術」1948(昭和23)年7月、9月、11月、1949(昭和24)年1月(未完)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,030 字 · 139 页
ところが、敗戦当時から今日に至るまで、往々にして見かけられるニヒリズムは、これと全く反対の方向に向いてるものだと思いますが、如何でしょうか。」
田島はもう直接に菅原へ話しかけてるのではなかったが、それにしても、菅原はそれを完全に黙殺して、平然と煙草をふかし酒を飲んでいた。それがまた異様な印象を与えた。――然し、酒は或る場合には謂わばニヒルなもので、酔った一座は議論を素通りして、次の俗謡に移っていったのである。
恐らく、その時のそういうことが起因で、菅原洋平に無籍者という影の渾名がついたのであろう。然しそれには、なにか秘密な匂いが多分にこもっていた。――これに反して、支那料理店紹興での同じ渾名は、ふしぎに、一種の親愛の調子で言われていた。
不忍池のまわりを逍遥しながら、北村庄作は、右のことを頭の中でこね返していた。あの時の菅原の言葉、平明な調子の底にさしている深い憂鬱の影など、へんに気にかかってくるのだった。それから、彼の旅行の遅延、天元社の不正事件、紹興の主人との不明な関係、いろいろなことが気にかかってきた。然し、元来が磊落な性質の北村は、それらの気懸りを一方では楽しむ気持もあった。