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じゆうじん

自由人

豊島 与志雄

「芸術」1948(昭和23)年7月、9月、11月、1949(昭和24)年1月(未完)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,030 字 · 139 页

青空文庫

へんなことが起りそうで……。」

北村は返事をせず、考えこんだ。暫く無言が続いた。

「それに、もう今から、なんだか、へんなことばかりあるの。」

彼女の顔に、また、閃めきがさっと走った。

「どんなことだい。」

「お父さまが、御病気らしいのよ。」

「病気らしい……そんなのは、ちっともへんじゃない。たとい病気でも、生き身だから、ふしぎはない。だが、ほんとに病気なのかい。」

「御病気らしいの。それも、とつぜん、ガチャリときて、それからのことだから、心配なの。」

「ちっとも分らん。はっきり言いなさい。」

千重子はちょっと考えて、それから話した。

いったい、千重子の父の松本順造は、北村もよく知ってることだが、無口で几帳面であって、激情などは外面に現わさず、如何なる不都合に対しても怒鳴りつけることをせず、常に常識的で冷厳であった。長年大蔵省に勤めた官吏上りの経歴がそこに看取される。特別の趣味も道楽もなく、晩酌の酒を少しく嗜むぐらいなもので、数種の新聞雑誌を精読するのと、或るつまらない会社へ隔日に出かけてゆくのが、唯一の仕事である。まだ六十歳になったばかりの、見たところ頑丈な身体には、それだけでは勿体ないことだが、実は生活疲労と心臓故障とが内部にあった。