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じゆうじん
自由人
豊島 与志雄
「芸術」1948(昭和23)年7月、9月、11月、1949(昭和24)年1月(未完)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,030 字 · 139 页
家中が霹靂に打たれたようにひっそりとなった。――女中が恐る恐るやって行くと、父はもう寝所に寝ていて、氷枕を用意せよと命じた。
翌日、父は一日寝ていた。頭痛がすると言った。――それきりだが、父はなお、軽微な頭痛と不眠から脱けきれないでいるらしい。
北村と千重子は、ただ何ということなしに、木影の石に腰をおろして、話していた。北村はステッキの先で地面をかき廻した。
「いったい、お父さんは、何をそんなに怒ったのかね。」
「それが分らないの。あとで、お母さま、裏木戸の夜分の締りを、女中たちにきつく言いつけていらしたから、そのことかしら。あすこは、締りをよく忘れるから、朝早く庭をお歩きなさるお父さまに、何度も見付かるんですの。でも、少しへんね。」
「なにを言うんだ。それぐらいのことで、九谷焼の銚子を投げつけて、硝子戸を打ち破ったりするものか。」
「だからおかしいわ。」
「硝子戸を打ち破れば、それだけ、戸締りが不用心になるわけだ。」
戸締りを厳重にすることは、松本夫妻の殆んど性癖とも言ってよいほどだった。建物の戸口は固より、表門やその潜り扉、裏庭の木戸、板塀の強弱などまで仔細に見調べねばならなかった。