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きくやしき

菊屋敷

山本 周五郎

「菊屋敷」産報文庫、大日本雄辯會講談社、1945(昭和20)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,620 字 · 71 页

青空文庫

はいと晋太郎は頭を垂れた、志保はその額のあたりを見まもって、「ではその着物は納って置きましょうね」と云った。

その前後から、忌日に集る門人たちのなかに、江戸詰めになって去る者があり、新しく加わって来る者がありして、かなり顔ぶれが変っていった。杉田庄三郎はやはりおなじ位置にいたが、青江市之丞が去って吉岡助十郎という者が代り、そのほかときおりは他藩の者も来るようにみえた、……そういう人の異動を知るたびに、志保はいつもあの手紙の主を思わせられた。いちどは庄三郎に違いないと考えたが、そうきめる根拠がないために、やっぱり十七人のなかの誰かというよりほかになく、去ってゆく者のあるたびに「もしやあの方ではないか」という気がしたり、「……いやあの方はお若すぎる」と否定したりする、そういうときの気持は、しかしもうずっとおちついたものになっていて、どうかすると物語でも読んでいるような、現実から離れた美しさをさえ感ずるのだった。

園部夫妻が長崎からの帰りにたち寄った、その明くる年の二月のことである。珍らしくが五羽も到来したので、志保とお萱とで手料理を作り、忌日に集った門人たちに馳走をした、これまでにもおりおり食事くらいは出していたが、料理に酒まで付けたのは初めてのことで、みんなよろこんで膳に就いて呉れた。