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ちのもじ
血の文字
黒岩 涙香
「綾にしき」1892(明治25)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,021 字 · 87 页
様子で一言も返事しません、夫から警察本署へ着た頃は少し心も落着た様子でしたが、頓て牢の中へ入ますと、彼れ唯一人淋しい一室へ閉籠られただけ又首を垂れあゝ何うしたんだなア本統にと繰返し/\呟きます検査官は之を聞て再び彼れの傍に近附て何うしたか自分で知って居るだろう、愈々罪に服するかと問ますと彼れは爾ですと云わぬばかりに頷首きながら何うか独りで置て下さいと云うのです、夫でも若しや独りで置いて自殺でも企てる様な事が有ては成らぬと思い吾々は竊に見張を就て牢から退き、検査官と同僚巡査一人とは本署に残り私しが此通り顛末の報告に参りました」と世に珍しき長談議も茲に漸く終りを告げたり。
聞終りて警察長は「是で最う何も彼も明々白々だ」と呟き予審判事も同じ思いと見え「左様、明々白々です、外に何の様な事情が有うとも藻西太郎が此事件の罪人と云う事は争われぬ」と云う、余は実に驚きたれど猶お合点の行かぬ所あり横鎗を入んため将に唇頭を動さんとするに目科も余と同じ想いの如く余よりも先に口を開き「是を明々白々とすれば藻西は伯父を殺した後で自分の名を書附て行た者と思わねばならぬ、其様な事は何うも無い