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ちのもじ

血の文字

黒岩 涙香

「綾にしき」1892(明治25)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,021 字 · 87 页

青空文庫

警察本署を推して急せたり目科は馬車の中にても心一方ならず騒ぐと見え、引切なしに空の煙草を嚊ぐ真似し時々は「何うしても見出せねば、爾だ何うしても見出して呉れる」と打呟く声を洩す、余は目科に向いて馬車の隅にすくみしまゝ一つは我が胸に浮ぶ様々の想像を吟味するに急わしく一は又目科の様子に気を附けるが忙わしさに一語だも発するひま無し、目科は又暫し考えし末、忽ち衣嚢を探りて先刻のコロップを取出し宛も初めて胡桃を得たる小猿が其の剥方を知ずして空く指先にて拈り廻す如くに其栓を拈り廻して「何にしても此青い封蝋が大変な手掛りだ何うかして看破らねば」との声を洩せり、斯て長き間走りし末、馬車は終に警察本署に達し其門前にて余等二人を卸したり、日頃ならば警察の庭と聞くのみも先ず身震する方にして仲々足踏入る心は出ねど今は勇み進みて目科の後に従い入るのみかは常に爪弾せし探偵吏の、良民社会に対して容易ならぬ恩人なるを知り我が前に行く目科の身が急に重々しさを増し来り、其背長さえ七八寸も延しかと疑わる、即て其広き庭より廊下へ進み入り曲り曲りて但有る小室の前に出れば中には二三の残り員、卓子を囲みて雑話せるを見る、余は小声にて目科を控え「今時分藻西太郎に逢う