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ちのもじ

血の文字

黒岩 涙香

「綾にしき」1892(明治25)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,021 字 · 87 页

青空文庫

事あり、見るだけにても気の毒なり、良ありて目科は牢の戸を開かせつ余を引連れて内に入る、藻西太郎は泣止みて起直り、寝台の上に身を置きしまゝ目科の顔を仰ぎ見るさま、痛く恐を帯びたるか爾なくば気抜せし者なり、余は目科の背後より彼れの人と為りを倩々見るに歳は三十五より八の間なる可く背は並よりも寧ろ高く肩広くして首短し、執れにしても美男子と云わるゝ男には非ず、美男子を遙か離れ、強き疱痘の痕ありて顔の形痛く損し其額高きに過ぎ其鼻長きに過るなどは余ほど羊に近寄りたる者とも云う可し、去れど其眼は穏和げにして歯は白く且揃いたり。

目科は牢に入るよりも大に彼れが気を引立んとする如く慣々しき調子にて「おやおや何うしたと云うのだ、其様に鬱いでばかり居ては仕様が無い」と云い彼が返事を待つ如く言葉を停めしも彼れ更に返事せざれば目科は猶お進み「え、奮発するさ奮発を、これさこれ藻西さんお前も男じゃ無いか、私が若しお前なら決して其様に凋れては居無いよ、男の気象を見せるのは此様な時だろう、何でお前は奮発せぬ、茲で一つ我身に覚えの無い事を知せ判事や警察官に一泡吹せて呉ようじゃ無いか」