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ちのもじ
血の文字
黒岩 涙香
「綾にしき」1892(明治25)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,021 字 · 87 页
難し、等の事柄にして殆ど異口同音なり、唯だ彼れの妻お倉に就きては人々の言葉に多少の違い有れど引括れば先ず、お倉は美人なり、身体に似合ぬほど其衣類立派なり、去れど悪き癖とては少しも無し、身持は極めて真面目なり、亭主に向いては威権甚だ強過れど爾ればとて恭わざるに非ず、人附も甚だ好ければ猥しき振舞は絶て無く、近辺の戯れ男の中には随分お倉に思いを掛け彼れ是れ言寄らんとする者あれどお倉は爾る人と噂を立られたる事も無ければ少したりとも所天に嫉妬を起させる如き身持を為したる事なし、妻として充分安心の出来る女なり、など云うだけなり。
是だけ集め得て目科は最も満足の体にて「何うだ君、斯して集めたのが本統の事実だぜ若し探偵と分る様な風をして来て見たまえ、少し藻西を悪む者は実際より倍も二倍も悪く言い又悪みも好みもせぬ者は成る可く何事も云うまいとするから本統の事は到底聞き出す事が出来ぬ、さあ之から愈々藻西の家に行き細君に直々逢うのだ」と云う、藻西の店は余等が立てる所より僅か離れしのみにして店先の硝子に書きたる「模造品店、藻西太郎」の金文字も古びて稍や黒くなれり