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ちのもじ

血の文字

黒岩 涙香

「綾にしき」1892(明治25)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,021 字 · 87 页

青空文庫

夜、太郎どのが其職人の家へ行かれた留守に貴女は何所に居たのです」倉子は宛も余が斯く問うを怪む如く其眼を余が顔に上げ来り最柔かに「私しは此家に留守をして居ました、夫には証人も有る事です余「え、証人が倉「はい有ります、御存の通り一昨夜は毎もより蒸暑くて夫にリセリウ街で所天に分れ内まで徒歩て帰りました為め大層咽が乾きまして、私しは氷を喫ようと思いましたが一人では余り淋しい者ですから右隣の靴店の内儀と左隣の手袋店の内儀を招きました所ろ、二人とも早速に参りまして十一時過までも茲に居ました、夫は直々其両女にお問成されば分ります、斯う云う事に成て見ますと何気なく二人を招たのが天の助けでゞも有たのかと思います」あゝ是れ果して何気なく招きたる者なるや、真に何気なかりしとすれば倉子の為に此上も無き好き証拠なれど心なき身が僅か氷ぐらいの為めに両隣の内儀を招くべしとも思われず、其実深き仔細ありて真逆の時の証人にと心に計みて呼びし者に非ざるか、斯く疑いて余は目科の顔を見るに目科も同じ想いと見えちらりと余と顔を見交せたり、去れど今は目配して倉子が心に疑を起さしむ