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せいねん

青年

森 鴎外

「昴」1910(明治43)年3月~1911(明治44)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,670 字 · 246 页

青空文庫

そして己は自分のそれを遁れようとするのを智なりとして、お雪さんを見下だしていた。

その時己は我自制力を讃美していて、丁度それと同時に我自制力の一角が破壊せられるのに心附かずにいた。一たび繋がれては断ち難い、堅靭なる索を避けながら、己は縛せられても解き易い、脆弱なる索に対する、戒心を弛廃させた。

無智なる、可憐なるお雪さんは、この破壊この弛廃を敢てして自ら曉らないのである。

もしお雪さんが来なかったら、己は部屋を出るとき、ラシイヌを持って出なかっただろう。

己はラシイヌを手に持って、当てもなく上野の山をあちこち歩き廻っているうちに、不安の念が次第に増長して来て、脈搏の急になるのを感じた。丁度酒の酔が循って来るようであった。

公園の入口まで来て、何となく物騒がしい広小路の夕暮を見渡していたとき、己は熱を病んでいるように、気が遠くなって、脚が体の重りに堪えないようになった。

何を思うともなしに引き返して、弁天へ降りる石段の上まで来て、又立ち留まった。ベンチの明いているのが一つあるので、それに腰を掛けて、ラシイヌを翻して見たが、もうだいぶ昏くて読めない。