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せいねん

青年

森 鴎外

「昴」1910(明治43)年3月~1911(明治44)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,670 字 · 246 页

青空文庫

無意味に引っ繰り返して、題号なんぞの大きい活字を拾って、Phdre なんという題号を見て、ぼんやり考え込んでいた。

ふいと気が附いて見ると、石段の傍にある街燈に火が附いていた。形が妙に大きくて、不愉快な黄色に見える街燈であった。まさかあんな色の色硝子でもあるまい。こん度通る時好く見ようと思う。

人間の心理状態は可笑しなものである。己はあの明りを見て、根岸へ行こうと決心した。そして明りの附いたのと決心との間に、密接の関係でもあるように感じた。人間は遅疑しながら何かするときは、その行為の動機を有り合せの物に帰するものと見える。

根岸へ向いて歩き出してからは、己はぐんぐん歩いた。歩度は次第に急になった。そして見覚えのある生垣や門が見えるようになってからも、先方の思わくに気兼をして、歩度を緩めるような事はなかった。あの奥さんがどう迎えてくれるかとは思ったが、その迎えかたにこっちが困るような事があろうとは思わなかったのである。

門には表札の上の処に小さい電燈が附いていて、潜りの戸が押せば開くようになっていた。それを這入って、門口のベルを押したときは、さすがに胸が跳った。