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せいねん

青年

森 鴎外

「昴」1910(明治43)年3月~1911(明治44)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,670 字 · 246 页

青空文庫

シャツの上に襲ねた襦袢の白衿には、だいぶ膩垢が附いていたが、こう云う反対の方面も、純一には見えなかった。

しかし純一の目に強い印象を与えたのは、琥珀色の薄皮の底に、表情筋が透いて見えるようなこの女の顔と、いかにも鋭敏らしい目なざしとであった。

どう云う筋の近附きだろうかと、純一が心の中に思うより先きに、大村が「妙な人に逢った」と、独言のようにつぶやいた。そして二人殆ど同時に振り返って見た時には、女はもう十歩ばかりも遠ざかっていた。

それから坂を降りて又登る途すがら、大村が問わず語りにこんな事を話した。

大村が始めてこの女に逢ったのは、去年雑誌女学界の懇親会に往った時であった。なんとか云う若いピアニストが六段をピアノで弾くのを聞いて、退屈しているところへ、遅れて来た女学生が一人あって、椅子が無いのでまごまごしていた。そこで自分の椅子を譲って遣って、傍に立っているうちに、その時もやはり本を包んで持っていた風炉敷の角の引っ繰り返った処に、三枝と書いてあるのが目に附いた。その頃大村は女学界の主筆に頼まれて、短歌を選んで遣っていたが、際立って大胆な熱情の歌を度々採ったことがある。