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たかしまいし

高島異誌

国枝 史郎

「講談雑誌」1924(大正13)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,007 字 · 26 页

青空文庫

斯うして春去り夏来たり、その夏も去って凉風の吹く秋の季節とはなったのである。

それは仲秋三五の月が、玲瓏たる光を地上に投げ薄尾花の花の蔭で、降るように虫の鳴きしきる、一年に一度の良夜であったが、長い間の物忌から、すっかり欝気した純八は、その籠もった気を晴らそうものと、一人ブラリと家を出て、山手の方へ歩いて行った。

小さい峠を一つ越して、杉林の中へ這入って見た。

と、一つの辻堂がある。

辻堂の縁へ腰を掛け、彼は無心で月を見乍ら、低声で小唄を唄っていた。人気が無いので四辺は静かで枯葉の落ちる些かの音さえ、はっきり耳に聞えて来る。

すると、其時、スタスタと、立木の間を潜りながら近付いて来る人影がある。見れば美しい手弱女で、髪豊に頸足白く、嬋娟たる姿、※(「藹」の「言」に代えて「月」、第3水準1-91-26)たける容貌、分けても大きく清らかの眼は、無限の愁いを含んでいて見る人の心を悩殺する。年は凡そ十九ぐらい、高価の衣裳を着ている様子は、良家の令嬢と思われた。

純八の居るのに気が付かぬかして、辻堂の前まで歩いて来ると、うずくまり乍ら合掌し、熱心に何事かを祈っていたが、その声はどうやら泣いているらしい。