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くろとかげ

黒蜥蜴

江戸川 乱歩

「日の出 第三巻第一号―第十二号」1934(昭和9)年1月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,633 字 · 215 页

青空文庫

「へんな話ね。ほんとうかしら」

「僕もそう思った。北村の耳がどうかしていたのだと、軽く考えて、そのままにしておいたのです。ところが、つい一時間ほどまえ、妙なことに、今度も、みんなが食堂にいたあいだの出来事ですが、合田がまた、その声を聞いちゃったんです。合田も鍵を取ってきて、ドアをあけて見たといいます。すると、北村の場合と全く同じで、早苗さんのほかには人の影もなく、猿ぐつわにも別状はなかったそうです。この二度の奇妙な出来事が、いつとなく船員に知れ渡って、先生たちお得意の怪談ばなしができあがっちまったというわけですよ」

「どんなことをいっているの?」

「みんなうしろ暗い罪を背負っている連中ですからね。人殺しの前科者だって二人や三人じゃありませんからね。怨霊というようなものを感じるのですよ。この船には死霊がたたっているんだなんていわれると、僕にしたってなんだかいやあな気持になりますぜ」

また一つ、大きなうねりが押し寄せて、ゴーッという異様な音を立てながら、船体を高く高く浮き上がらせたかと思うと、やがて、果て知れぬ奈落へと沈めて行く。

ちょうどその時、発電機に故障でもあったのか、シャンデリヤの光が、スーッと赤茶けていって、何かの合図ででもあるかのように、薄気味のわるい明滅をはじめた。