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くろとかげ

黒蜥蜴

江戸川 乱歩

「日の出 第三巻第一号―第十二号」1934(昭和9)年1月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,633 字 · 215 页

青空文庫

黒衣婦人は心中に湧き上がってくる大きな化物みたいなものを、押さえつけるのに一所懸命だった。さすがの女賊も、からだじゅうに冷たい脂汗がじっとりと浮かんでくるほどの恐ろしい不安になやまされていた。

やがて、彼女はそこにあった椅子に腰かけようとして、ヒョイとその上の新聞に気がついた。さいぜん雨宮潤一が何か意味ありげにひろげておいた新聞である。

はじめはなにげなく、やがて非常に真剣な表情になって、黒衣婦人の眼が、その新聞記事に吸い寄せられて行った。

「明智名探偵の勝利――岩瀬早苗嬢無事に帰る――宝石王一家の喜び――」

三段抜きの大見出しが、信じがたい意味をもって女賊を捉えたのだ。彼女は大急ぎで新聞を拾い取ると、その椅子にかけて熱心に読みはじめた。記事の内容は大略左のようなものであった。

怪賊「黒トカゲ」のために誘拐されたと信じられていた宝石王岩瀬氏の愛嬢早苗さんが、昨七日午後岩瀬家の本邸に帰宅した。探聞するところによると、岩瀬氏は令嬢の身代りとして大宝玉「エジプトの星」を賊に与えた模様であるから、賊は約束を守って令嬢を送り返したのであろうか。記者はそのように考えて、岩瀬庄兵衛氏と早苗嬢に面会したのだが、両人ともこれは全く私立探偵明智小五郎氏の尽力によるものであって、決して賊が約束を守ったわけではない。