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くろとかげ

黒蜥蜴

江戸川 乱歩

「日の出 第三巻第一号―第十二号」1934(昭和9)年1月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,633 字 · 215 页

青空文庫

明智はその意味をさとらないではなかった。一種不可思議な感情を味わわないではなかった。しかしそれは口に出して答えるすべのない感情であった。

断末魔の女賊の告白は謎のごとく異様であった。彼女はこの仇敵を、彼女自身も気づかずして、愛しつづけていたのであろうか。それ故にこそ、闇の洋上に明智を葬った時、あのように烈しい感情におそわれ、あのように涙をこぼしたのであろうか。

「明智さん。もうお別かれです……お別かれに、たった一つのお願いを聞いてくださいません? ……唇を、あなたの唇を……」

黒衣婦人の四肢はもう痙攣をはじめていた。これが最期だ。女賊とはいえ、この可憐な最期の願いをしりぞける気にはなれなかった。

明智は無言のまま、「黒トカゲ」のもう冷たくなった額にソッと唇をつけた。彼を殺そうとした殺人鬼の額に、いまわの口づけをした。女賊の顔に、心からの微笑が浮かんだ。そして、その微笑が消えやらぬまま、彼女はもう動かなくなっていた。

そこへ、捕物をすませた刑事たちが、ドヤドヤとはいってきたが、一と眼この不思議な情景を見ると、入り口に立ちすくんでしまった。鬼といわれる刑事たちにも感情はあった。