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くろとかげ

黒蜥蜴

江戸川 乱歩

「日の出 第三巻第一号―第十二号」1934(昭和9)年1月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,633 字 · 215 页

青空文庫

なんだか気分がわるいと言いましてね」

「じゃあ僕も部屋へ引き取りましょう。では」

明智が隣室へ立ち去ると、岩瀬氏はドアに鍵をかけておいて、しばらく手紙を書いていたが、やがていつもの通り引出しのカルモチンを取り出し、卓上の水瓶の水でそれをのんで、寝室へはいってきた。

「早苗、どうだい、気分は」

そう言いながら、彼は隅のベッドの方へ廻って来そうにするので、早苗になりすました夫人は、毛布を顎までかぶって、顔を電燈の蔭にそむけて、うしろ向きのまま、さも不機嫌らしく答えた。

「ええ、いいのよ。もういいのよ。あたしねむいんですから」

「ハハハハハ、お前、なんだかきょうはへんだね。おこっているのかね」

だが、岩瀬氏は、深くも疑わず、不機嫌な娘には逆らわぬようにして、小声で謡などうなりながら、寝間着に着かえると、ベッドについた。

夫人がすりかえておいた、強い睡眠剤の効き目はてきめんであった。彼は枕についたかと思うと、おそいかかる睡魔に、何を考える暇もなく、たちまちグッスリと寝入ってしまった。

それから一時間あまりたった午後十時頃、自室で読書をしていた明智小五郎は、隣室のドアとおぼしきあたりに聞こえる、あわただしいノックの音におどろかされて、廊下に出て見ると、ボーイが一通の電報を手にして、しきりと岩瀬氏を呼び起こしていた。