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くろとかげ
黒蜥蜴
江戸川 乱歩
「日の出 第三巻第一号―第十二号」1934(昭和9)年1月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,633 字 · 215 页
さあ、あんたの一生に一度のお願いっていうのを聞こうじゃありませんか」
彼女は前の椅子に腰かけて、まじめな顔をして見せた。
「ここじゃだめです」
潤ちゃんと呼ばれた若者は、やっぱり渋面を作ったまま、沈んだ調子で答える。
「人に聞かれると悪いから?」
「ええ」
「クライム?」
「ええ」
「傷つけでもしたの」
「いいや、そんなことならいいんだが」
黒衣婦人は、のみこみよく、それ以上は聞かないで立ちあがった。
「じゃ外でね。G街は地下鉄工事の人夫のほかには、人っ子一人通ってやしないわ。あすこを歩きながら聞きましょう」
「ええ」
そしてこの異様な一対は、みにくい赤ネクタイの若者と、目ざめるばかり美しい黒天使とは、肩を並べて建物を出た。
外は街燈とアスファルトばかりが目立つ、死にたえたような深夜の大道であった。コツコツと、二人の靴音が一種の節を作ってひびいていた。
「一体どんな罪を犯したっていうの。潤ちゃんにも似合わない、ひどいしょげかたね」
黒衣婦人が切り出した。
「殺したんです」
潤ちゃんは、足もとを見つづけながら、低い無気味な声で言い切った。
「まあ、だれをさ」
黒衣婦人は、この驚くべき答えに、さして心を動かした様子もなかった。